6月19日

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 友人とお墓参りに行った。一年前からの約束だった。午前中の講義が終わり昼食を済ませたわたしたちは、八王子駅行きのバスに乗り込んだ。雨だろうとは思っていたが、台風が来るとは予想していなかった。駅では雨はまだ降っていなかった。急がなければならない。
中央線の中で、お墓参りに行くのに手ぶらなことに気がついた。駅の花屋さんで買っていこう。
 「お供えのお花を下さい」
 「桜桃忌ですか」
 「はい」
 はにかんで答える自分の姿を想像してはにかんだ。
 三鷹駅に着いた。あたり一面バケツをひっくり返したような土砂降りに、わたしたちは駅の出口で途方に暮れた。ひとつ前の駅ではやんでいたのに、これでは前に進めない。びしょ濡れになって駅に駆け込んできた人たちに、「雨宿りにカラオケはいかがですか」なんて元気なお兄さんの声が聞こえる。諦めかけたその時、ふいに雨足が弱くなった。今だ。わたしたちは灰色の空の下へ力強い一歩を踏み出した。
 三鷹を歩くのは初めてだった。天井までプラモデルの箱で覆われたおもちゃ屋の狭い入り口、「貸本・売本」と書かれた看板、昭和の雑誌が並ぶ古本屋、日曜大工カフェ……小さいが珍しいお店ばかりでなんだか楽しい。八百屋の店頭を赤く染めるさくらんぼは、宝石のようにつやつやと光っていた。
 15分ほど歩いた。まだ着かない。いつの間にか周りにお店はなく、わたしたちは人気のない住宅街にいた。おかしい。もうお寺が見えてもいいはずである。もしかしたら道を間違えたのかもしれない。ケータイの地図を見ながら、大きな一本の木が立っているところまで引き返し辺りを見回すと、何か熱心に話している年配の男性とそれに聞き入る若い3人の女性という奇妙な一行が視界に入った。もしやと思ったわたしたちはさりげなく彼らとすれ違ってみた。「ここは昔…」どうやら男性は地元の人らしい。その肩に掛けている鞄の文字を見て、彼らが来た道を足早に進んだ。ビンゴだった。目の前には目的のお寺が大きな口を開いてわたしたちを待ち構えていた。
 境内では命日ということもあり朗読会などの催し物をやっていた。その人だかりを一瞥し、わたしたちは真っ直ぐ墓地に向かった。やはり墓前にも人がたまっている。仕方なく順番を待つことにした。すると突然後ろから、50代くらいの女性に声をかけられた。
  「並んでいますか?」
  「並んでいます」
  「お先よろしいですか?」
  「………」
 女性は連れの男性と、列を掻き分け前に出た。大きな白い花束を持っていた。
  「ありがとうございました」
 お参りを終え振り返ったその胸の名札には、「三鷹市長」と書かれていた。
 わたしたちの番が来た。結局手ぶらであった。けれど既にあふれかえっているお供え物を見て、それで良かったと思った。お墓だった。井伏鱒二の筆だという墓碑に刻まれた文字にはさくらんぼが埋め込まれていた。お供えものは花の他に、さくらんぼ、酒、煙草などが多かった。わたしは手を合わせ、すぐ次の人に譲った。「なあんだ」と、小さく呟いた。すっかり小雨になっていた。